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純文学

エッセイ

2016年11月23日 (水)

閑話休題「電子書籍・墨絵日記」

 友人であり、芸術家仲間である墨絵師江島恵さんが

 「墨絵日記2」を電子書籍で販売する運びとなりました。

 墨絵師の日常を面白おかしく、または時には「わー」となる葛藤や 

 いろんな思いを詰め込んだ画集になっています。

 kindle版はこちらから。

 https://magnet.vc/v/kpjw7vgo  ←マグネット版はこちらから

 同じようなモノを創る芸術家が仲間にいると

 私も頑張らないとあかんな~~長いことkindleで出してないし・・

 としみじみ思うのでした。

 切磋琢磨・・とはこういうことを言うんでしょうか?

 「墨絵日記2」ご購読よろしくお願いいたします。


 

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2016年11月17日 (木)

閑話休題「Facebook始めました」

 どうしようかと迷ってたけど「facebook」始めました。

 始めました・・なんて「冷やし中華始めました」みたいやん!
 と、自分で突っ込みを入れつつ。

 ブログの左側に「facebook」をリンクしてあるのでどうぞよろしく。
 顔写真は未だやし、一応、書斎の写真をアップしただけで
 後は本の宣伝。
 ぼちぼち、Facebookの方にも投稿していこうと思ってます。

 いや~、Facebookに登録したらすぐに
 「友達を探そう」って出て来てびっくりしました。
 こんな風になってるんやな・・と。
 
 前に「はがない」(僕は友達が少ない)って言葉が流行ったけど
 私は少ないどころか、友達いない、に等しいって
 改めて思ったわ。
 そんな人付き合いのわるい、小難しい私とメールのやり取りしてくれる
 何人かの貴重なメル友に感謝やわ~。
 そういうわけで、よろしくお願いします。

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2016年10月23日 (日)

閑話休題「未だ見ぬ友へ」

 この間、仙台に住むMさんと電話で話したんや。

 「死ぬまでに一回は会おうな・・」って。
 徳島と仙台は遠いから東京あたりで落ち合おう・・って話した。

 私はなかなか面倒くさい性格やから、
 知り合いにはなってもすぐに仲たがいしてしまったりする。
 とっつきはええねんで。人見知りしたことないし、
 こんな仕事してるせいか話は面白いって言われる。
 けど、だんだん仲良くなってるうちに
 我が強いし、常に書くことばっかり考えてるから長続きせんのやと思うわ。

 三つ子の魂百まで・・って言うけど、ほんまやなあ。
 人間関係が破綻するのはいつも同じようなことが原因や。
 それでも長い人生でリアルな友達は一人はいてた。
 その子がおらんようになったんは、やっぱり痛手やった。
 
 けどな、その友達が生きてる時に私に言うたんや。
 私はネットを通じて自分の気持ち話せる友達が出来た・・って言うたら、
 良かったなあ・・メル友でも何でも友達は友達やって。
 Mさんと知り合って五年くらいになるかな、
 電話で話すのに四年かかったけど、いつもバカ話してる。
 バカ話の中にも私のこと心配してくれてるのがわかって嬉しい。

 前に私が癌の治療受けてた時に、助けてくれた人たちもそうや、
 売れてへん物書きの私に「病気治してしっかり書きや」って励ましてくれた。
 kindleで出してる本を買ってくれてる人たちもそうや。
 何とか私を一人前の物書きにしてくれようと応援してくれてると思うねん。
 リアルに友達おらんかっても、未だ逢ったことない友達が
 今は私の心の拠り所になってる。
 おおきに。ほんまに感謝してる。
 癌の治療の後でえらい痩せてしもうて体力なくなって
 ちょっと風邪引いたら肺炎にまでなってしまうけど
 私は頑張ってる。応援してくれる人が全国にいてくれてるんやもん、
 ここで頑張らんとどないするねん!って思ってるわ。

 リアルな友達が亡くなってしばらくした頃に
 同じようにモノ創ってる子と交流が出来た。
 墨絵を描いてる江島さんや。
 どっちが先に売れるかなあ・・なんてメールしてる。
 私は今まで絵を描いて生活してる人と知り合ったことが二回ある。
 彼女が三人目や。小説書いてる人とは知り合わんのに、不思議やわ。

 そんな江島さんが来年のカレンダー創って販売始めた。
 野良猫のバージョンといつもの墨絵師のバージョンの二通りがある。
 気に入った人は
        漂う墨絵堂→http://sumiedo.theshop.jp/
 ここから買えるから、江島さんの絵、好きやな・・って思う人是非買ってみてな。
 猫好きには、「のら日記」お薦めやで。
 私にとっては彼女がたった一人の芸術家仲間やねん。

 私は未だ江島さんにもMさんにも逢ったことないし、
 神奈川のKちゃんや滋賀のKちゃんや福岡のAちゃん、札幌のAちゃん、
 茨木のTくん、函館のKさんにも逢ったことない。
 この間、岩手のMさんとこの猫が亡くなったってブログで読んだけど
 未だメールも出来てない・・
 人生の先輩の新潟のYさんや、熊本のMさんにも「頑張れ」って励ましてもらってるのに
 未だ成果が出せてないこと、悔しいと思ってる。
 それから広島のAちゃん、彼女にはいろんなこと教わった。
 ほんまに、ほんまに、ありがとう。
 きっと私が物書きとして頑張っていけるのも皆さんのお陰やと思ってる。

 未だ見ぬ友へ・・
 私は未だ生きてるし、文章書けてる。
 頑張るさかいに、これからもよろしくお願いします。

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2016年10月16日 (日)

閑話休題「好奇心」

 先日、墨絵師の江島さんとメールしていて、

 私たちが見ているものと他の人が見ているものは違うものじゃないか?

 と、いう話になった。

 彼女は時々、ブログに街で見かけた人を描いたりもしている。

 例えば、道幅いっぱい→http://sumieshi.blog.shinobi.jp/Entry/2853/

 私も街で見かける人のことを小説に登場させたりする。

 名前も知らないし何処に住んでるかもわからないが、

 人物描写として使わせてもらってる。もちろんデフォルメしてるけれど。

 何もないところから創っているとは言え、

 何も見たことない、何も聞いたことがない、何も感じないでは

 書いたり、描いたりは出来ない気がする。

 だから私たちの作品は自分たちそのものだ。

 私の小説には過去の情けない思い出がいっぱい詰まっている。

 ちなみに私も江島さんも若い頃は写真に撮るように

 読んだ本の内容を記憶していた。

 私はそういう人に初めて出会った。(ちなみに彼女の知人には何人かいるらしい)

 まあ、何年か前まではそれが普通だと思っていたのだが。

 普通だと思っていたから友人にも言ったことはなかったし。

 目で見たものを記憶して彼女は絵に描く、私は文章を綴る。

 最近のコメントを読んで、

 ああ、私の小説を創るためのネタ探しである人間観察が

 人に心配されたり、ちょっとヘンな人と思われたりするんだな・・と思った。

 

 

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2016年10月12日 (水)

閑話休題「慰霊塔」

 私のブログや小説によく登場するアパートの隣の慰霊塔。

 その慰霊塔の敷地内の桜がすべて伐採されることになった。
 春には満開の桜が部屋の窓から見え、
 もう何年も花見に出かけたことのない私の心を慰めてくれた。
 桜の花のトンネルを潜り私は近所のスーパーに買い物に行っていた。

 桜の花はあまり好きではない私だが、
 アパートに越して来た秋には気づかなかった桜に
 翌年の春に「これでもか」と咲き誇るところを見せつけられた気がした。

 kindleで最初に出した本「孤独ということ」には
 その桜で満開の慰霊塔の写真を使った。
 そして、先日出した「怪」にもその慰霊塔は登場する。
 もう引っ越して来て九年が過ぎた。
 季節も世の中も人の心も移ろいやすい。

 ちなみに桜の木を伐採することになった理由は
 そこに祀られている戦没者の方の遺族がご高齢になられて
 桜の木の手入れが出来なくなったからだそうである。




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2016年10月 7日 (金)

閑話休題「人を照らすもの」

 私はちょっと変な子供やった。

 未だ小学生やのに一人暮らしがしたくてしょうがなかったんや。
 両親は実の父母やったし弟もいたけど
 なんか、そこが窮屈というか、居場所がない気がしてたんや。
 ロビンソン・クルーソーみたいに船が難破して無人島にたどり着くみたいな
 そんなサバイバル生活は嫌やったけど
 自分一人の為のベッドと自分一人だけが観られるテレビと自分一人だけの冷蔵庫
 それから読み切れない量の本、
 そんなもんに囲まれて生活したいなんて夢見てた。

 年に一回、家族旅行に行くんやけど、それも行きたくなくて駄々こねたもんや。
 弟は私と違って素直で何でも喜んでたけど、
 私はほんまは嬉しくても「こんなことで喜んでるって思われるのは嫌や」
 と、ひねくれた性格やった。

 普通の家に生まれて普通の家で育ったけど、
 いつまで経っても「変わってる」って人に言われ続けて来た。
 中学校の時に太宰治の本に出会った。
 そこから純文学にはまり込んで芥川龍之介や三島由紀夫、佐藤春夫、
 片っ端から本を読んだ。
 不思議やった。自分が考えてること、思ってることがみんなそこには書いてあった。
 小さい時は絵本が好きやったし、児童文学書もたくさん読んでたけど
 ほんまに読書に目覚めたんは思春期やったと思う。
 高校は県立高校の理数科に進んだ。
 天文学者になりたいと思ってたからやった。
 けど、せっかく難関突破して入った理数科やったけど
 高校生になった私は自分で小説書く楽しみを覚えてしまった。
 そこから180度の方向転換や。
 小説家になろう。16歳の私は心に誓った。
 ノートにぎっしり書いた小説を友達が回し読みしてくれた。
 たまにはコメント欄に感想を書いてくれる子もいて嬉しかった。
 そのうちに、それでは飽き足らんようになって
 新聞に投稿したりラジオに詩書いて送ったりし始めた。
 ラジオに出演した時は女子高校生やのに「声が漬けもん屋のおばはんみたいな声」
 って、言われて傷ついたりもした。
 担任には地元の国立大に行くように勧められたけど
 その大学には文学部がなかったから県外に行くことにした。
 母親とはそりが合わんかったし、ちょうどええわ・・って思った。
 晴れて一人暮らしが出来る・・そう思ったら心が躍ったわ。

 初めて連載のコラム持ったんが19歳の時。
 その時は新聞社が紹介してくれたイラストレーターと組んだ。
 あの頃の記事。図書館で見たけど
 今と違って個人情報もへったくれもない、
 堂々と本名と住所が紹介されてたわ。

 それから二年後、私は書くこと止めてしまった。
 何か限界感じたというか自分の才能はまぐれやったんと違うかって思ってしまった。
 普通に就職して普通に結婚して普通に生きて行かないとあかんって思った。
 今、思ったら、何が普通なんかもわからんかったのになあ。
 母親が私が三十歳の時に父親が四十歳の時に亡くなった。
 私は父親が亡くなったんは自分が病院に預けたせいやと思い込んだ。
 院内感染のインフルエンザが原因やったから。
 来る日も来る日も後悔し続けた。
 私はうつ病やったんやろな、そのうちに死にたいと思うようになった。
 毎日どうやったら楽に死ねるんやろ?
 って考えるためだけに生きてるようなもんやった。けったいな話やろ?
 そして睡眠薬大量に飲んで病院に強制入院させられて離婚された。

 四か月後。退院した私は必死で働き続けた。
 忙しくしてたら嫌なこと忘れられる・・そう思ってた。
 一年くらい経って「小説書いてみいひんか?」って声をかけられた。
 ギャンブル雑誌を創刊するから「官能小説書いてみいひんか?」やったけど。
 私はそんなジャンルの小説書いたことなかったけど、書きたいと思った。
 何と20年ぶりに原稿用紙に向かうことになった。
 その時に知り合いの油絵の先生が「だったら僕が挿絵描こう」と言ってくれた。
 嬉しかった。頑張って絵に負けんようなもん書こうと思った。

 私は絵を描く人と縁があるんかなあ、文章書く人は知り合いにおらんのに、
 今は東京にいてる墨絵師の江島恵さんと仲良くしてる。
 不思議な巡りあわせやと思うわ。
 貧乏小説家と貧乏画家や。
 それでも私たちは自分の創ったもんを信じてる。

 小説も絵もほんまは先人たちが書き(描き)尽してる気がするなあ・・
 って二人でメールやり取りしてるけど、
 私は信じてるねん、
 一級品の芸術は人を照らすって。
 お腹は膨れへんかも知れんけど、人の心に一筋の光を与えるって。
 

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2016年9月29日 (木)

閑話休題「賢者の贈り物」

 昔、読んだ「賢者の贈り物」っていうお話。

 あるところに貧乏な夫婦がいて、お互いのことをとても愛していたけれど
 赤貧を洗うような暮らしなので
 相手に贈り物をしたくても何も買えない。
 それで、夫は大切にしていた懐中時計を手放して妻に髪留めを買い、
 妻は自分の髪の毛を切って売ったお金で夫の時計に合う金の鎖を買う。

 お互いを思いやる気持ちが清く貧しく美しく描かれた物語だった。

 先日、帯状疱疹になった後、肺炎を起こした。
 熱が40度近くまで上がり、ふうふう言った。

 そんな時に贈り物が届いた。
 墨絵師・江島恵さんからで、額に入った女性が描かれた絵だった。
 それと一緒に手紙が入っていた。
 「物々交換しよっ!!」
 それで私はいくつかの小説をプリントして彼女に送った。

 まるで売れないお笑い芸人みたいに好きなものを書く(描く)だけでは
 生活できていないので、物々交換なのである。

 そんな彼女の個展が10月1日から六本木で始まる。
 私も行きたいのだが、残念ながらそんな余裕があるわけもない。

 東京方面にお住いの皆様が私の代わりに行って下さると嬉しいなあと思う。

 私は彼女の絵が好きで、今度、私の書いた童話に絵を描いてもらって
 絵本でも作ろうか・・なんてメールをしている。
 時間がある方は是非、ご覧になって欲しいと思う次第だ。

 墨絵師・江島恵 個展  →http://sumieshi.blog.shinobi.jp/Entry/2841/ 

 素敵な絵を堪能できることは間違いない。

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2016年9月14日 (水)

閑話休題「帯状疱疹」

 今日は朝から雨で肌寒いくらいや。

 もう夏も行ってしまったなあ。
 今年の夏は乗り切られへんのかと思うほどきつかった。
 ようやく暑さも遠のいて秋の風が吹き始めたと思ったら、
 「帯状疱疹」になった。生まれて初めてのことや。
 この病気になったことのある人の話は聞いたことあるけど
 最初は虫に刺されたような感じやった。
 左の太ももとふくらはぎにチクっとした痛みが出たんや。
 そうやなあ、子供の頃に大きい蟻に刺された時にあったような痛み。
 目で見ても何かに刺されたうような跡は見えんかった。
 気のせいかなって思ったけど、この間は手や腕が痺れたりしたから
 急いでネットで調べたら、いろんな病名が出て来て、気持ち悪くなったから
 病院で診てもらったら「帯状疱疹」
 疲れた時に出るらしいわ。

 初期の段階で治療したから激痛はないし、お腹から背中にかけて
 赤くただれたようになってるけど、そんなに痛くはない。
 やっぱり病気は早期発見やな。
 身内のおらんもんは特にそうやわ。

 もう秋の彼岸やね。秋の彼岸が終わったら母親の命日や。
 長いこと墓参りにも行ってない親不孝もんや、私は。

 春の彼岸のすぐ後に亡くなった友達の墓参りにも行ってない。
 何か、自分のことで精いっぱいで何も出来んのやわ。

 もう今やから言えるけど、友達が死んですぐの頃、
 彼のお姉さんや娘さんと一時期仲良くさせてもらった。
 長いこと友達やった子の身内やから仲良く出来るかな?って思ったんや。
 けど今は一切連絡もしてないねん。

 最後に姉さんに電話した時にものすごく迷惑がられてる気がしたんや。
 私はお金や物をせびろうとして電話したわけやなかったんやけど、
 そう思われてるって感じてしまったんや。
 ほんまは話がしたかったんや。ただ、それだけ。
 話したら前に進めるような気がしたんや。
 けど、迷惑がられてるのに電話するほど私は神経太くない。
 ただ、お姉さんに電話出来なくなってしまったから
 リアルに私の話を聞いてくれる人はおらんようになった。
 病院でカウンセリングも受けたけど、どんどん体が動かんようになっていった。
 まあ、一人になりたい病や言うても、たかが知れてるなあ。

 まあ、県外にはメールしたり電話したり出来る友達がおるし、
 同じ芸術家のメル友も出来て、
 「あ、それ、わかるわ!」って言い合いっこして盛り上がってる。
 いつか私が紙媒体の本を出したら彼女が表紙や挿絵を描いてくれる約束や。
 早くそうなったらええねんけどなあ。
 私の小説読んでくれてる人やったら何となく彼女の描く女の人、
 風みどりの作った物語の主人公のイメージあると思わへん?
 DV夫から逃れてホームレスになったり、北陸逃げて行ったり、
 何も困ってないない生活やのに万引きしてみたり、
 よその家に火をつけに行ったり、ろくな話書いてないけどなあ。
 私はホームレスにも犯罪者にもなったことないけど
 ついそういう話に心惹かれてしまうんや。
 そんな話の主人公に似てるなんて言うたら彼女は喜ばんかも知れんけど。
 
 彼女はラインスタンプ作って売ってるねんけど、
 私はラインどころかスマホも携帯も持ってない。
 彼女曰く「かっこええ」らしんやけど、なかなか不便やで公衆電話探すのも。
 前は携帯電話持ってたんやけど何か縛られてる気がしてなあ、
 時代と逆行してるねん。
 私が買えたらええねんけど、ラインしてないしなあ。
 私的には「唐獅子」シリーズが好きやねんけど。
 良かったら、彼女のラインスタンプの紹介も貼り付けておくわ。
 ラインしてる人がいたら、見たげてや。
 ただよう墨絵師 ラインスタンプ↓

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2016年9月10日 (土)

閑話休題「紙芝居」

 世の中は広いようで狭い。

 祖父の描いた紙芝居を見たことのある人と会う機会があった。
 私が生まれる前、実に60年以上前に見ていたそうだ。

 祖父の描いた紙芝居が孫である私以外の人の思い出に残っていることが
 私には嬉しかった。
 私も頑張らないとな、と思った。 
 誰かの心に残る作品を書きたいものだと心から思う。

 祖父は人から見れば偏屈でちょっと変わり者だったと思うが、
 私が小学生の頃から作文や標語で賞を貰ったりするととても喜んで
 それが載った新聞記事をスクラップブックにして残してくれていた、
 孫の私は直接褒めてもらったことなど一度もないが、
 きっと自分と同じようなことをしたがる孫が入賞するのが嬉しかったのだろう。
 私が祖父の紙芝居のことを知ってる人に話を聞いて誇らしいように。

 じいちゃん、よかったね。
 じいちゃんが描いた紙芝居はちゃんと誰かの心に届いていたよ。

 さて、先日、芥川賞の発表があった。
 さっそく「文藝春秋」を買って読んだ、「コンビニ人間」
 読んで、ああ、わかる・・と思った。

 主人公の私は少し人と変わってる、変わってると言うよりも
 まわりの人間に「ヘン」だと思われている。
 けれど、自分のヘンなところがわからない。
 わからないけれど、取り敢えず生活を維持するために普通のふりをする。
 けれど普通が何かわからないから周りの人の喋り方や笑い方を真似する。
 自分が普通だと思っている人は当たり前のように「変わった人」を質問攻めにする。
 訊いても当然でしょ?という態度で質問される。

 うん、なるほど、私も経験があるからわかる、
 私は人に質問されることよりも、何でそういうことを訊くのだろう?と
 不思議に思うからだ。
 普通じゃないとか、ヘンだと言われても、
 私は私でしかなく、他の誰にもなれないし、
 これを説明するには原稿用紙が何百枚あっても足りない。

 時々、表現者仲間である墨絵師とメールでやり取りをするけれど、
 普通はこんなこと書いたらドン引きされるかな?と思うようなことが
 私たちの間では常識だったりする。
 人の顔色を窺って普通の暮らしを送っていた頃は苦しかった。
 生活は安定していたけれど、精神的に疲れていた気がする。
 けれど、今は好きなだけ書く(描く)ことが出来る。
 こういうことは誰かと一緒に暮らしていて出来ることではないと私たちは知っている。

 きっと私は十六魂なのだろう。
 肉体は還暦が近づいて衰えてきたけれど、心は十六のまま。
 もちろん、経験を経た分、狡猾にはなったかもしれないが、
 十六の頃の純粋さも未だ持っている。
 純粋さと狡猾さは正反対のものだけど
 その両方を持っていなければ小説を書いたり絵を描いたり出来ないと思うのだけど。
 
 人は人を救えない・・私はそう思っている。
 でも、人が紡ぐ言葉は誰かを救う手助けにはなるかも知れないと、
 私は今日もペンを走らせている。

 昨日の朝から昔遭った交通事故の後遺症のせいなのかどうかはわからないが
 左腕と右手の指先が痺れてペンが持ちにくい。
 それでも休まずに書き続けたいと思っている。
 誰かの心に残る作品に一歩でも近づきたくて。
 
 

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2016年9月 8日 (木)

閑話休題「もう一つの怪」

 このところなぜか同じ時間に目が覚める。夜が明ける前の四時過ぎ。

 覚める前の夢の中の私は車椅子に乗っていて、 
 立ち上がろうとすると足首が変な方向にねじれ立つことさえままならない。
 車椅子に乗ったまま医師の話を聞く。
 車椅子に乗ったままトイレに行く。
 車椅子に乗ったまま自販機にジュースを買いに行く。
 医師の話では機能的には何の問題もなく心因性のものだろうと繰り返す。
 カウンセリングを受けると春先に亡くなった友人の遺体を発見し、
 心臓マッサージをするために冷たく固い体に触れたことが引き金になっている、
 そういう話だった。
 人と違って感受性が極端に強い者は精神的にもろいのだと言う。
 それが原因で歩けなくなったという。

 車椅子の上で私は逢ったこともない神奈川に住む筋ジストロフィーのKちゃんを思う。
 一時的な私と違い、Kちゃんはずっとなのだ、こういう生活が。
 それを思うと心因性で歩けなくなった自分が腹立たしいとさえ思う。

 車椅子生活には未だ慣れていないので、あちこちにぶつかりながら
 公衆電話に向かう。
 「困ったら言いなさい」と言われたことのある地元の知人に電話をかける。
 けれど返って来る答えは
 「自分で何とかしたら?」
 「国の制度を利用をしたら?」
 「自分のことで精いっぱいだから」
 「あの時はたしかにお世話になったけど。。」
 と口々に拒否される。
 ああ、人の言う「困ったら言いなさい」は社交辞令なんだと初めて気づく。
 いや、薄々はそうじゃないかとは思っていたのだけど。
 それならば、私もそうすればよかったのか?
 「困った」と言ってきたその人たちに対して、そんな風に答えればよかったのか?
 そうすればもっと楽に生きられたのだろうか?
 今頃気づいても遅いのだけど。

 遠くの親戚より近くの他人・・そうは言うが近くには他人もいない。
 私にあるのは遠くの応援してくれている人たちだけなのだと思い知らされた。

 「ホームレスになりそうになったらこっちにおいで。どこでも仕事は出来るんだから」
 東北の人も九州の人もそう言ってくれた。
 思えば高校生だった頃、私は作家になって東京に住むのが夢だったのに、
 未だに田舎から脱出できないでいる。
 車椅子生活になれば、その夢もますます遠のくだろう。
 千変万化、少しでも成長したいと、自分の理想に近いものが書きたいと願っていても
 それはいまだに叶わず右往左往するばかりである。
 
 それならばいっそ狂気の世界に身を委ねれば
 楽じゃなんじゃないかと思うことさえある。
 けれど、一度自分を見失って狂気の世界を見た私は
 本当に精神を病んだ人間はもはや人ですらないことを知っている。
 人の形をした怪しいものが大勢いる場所が精神病院だと知っている。
 大勢いても寂しい場所。

 親もなく子もなく兄弟もなく、
 頼れるのは自分の体とペンだけ。
 そのペンさえ握れなくなるんじゃないかと不安に怯える。
 車椅子の自分の足を叩いてみる。
 何で言うことを聞いてくれないの?
 いつになったら前のように動くようになるの?
 いつかは腕が指先が震えてしまうんじゃないの?
 腹立たしくて泣きそうになる。

 どうか私から書くと言う鳥かごだけは取り上げないで欲しい。
 他には何も要らないから、それだけは取り上げないで欲しい。

 同じことをずっと続けられることが真の天才だと私は思っている、
 真の天才は努力を努力と思わずにいると信じているけれど
 どうか私に唯一与えらた天賦の才だけは取り上げないで欲しいと
 毎朝、四時に目を覚ました私は泣いている。
 

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