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純文学

心と体

2016年7月31日 (日)

閑話休題「金魚もただ飼い放ち在るだけでは月余を得ず」

 還暦近くになってからようやく気が付いたことがある。

 世の中を渡っていくのには
 友人だとか味方だとか仲間が多いほど楽であることを。
 若い頃の私は「烏合の衆」になりたくないだとか。
 人と群れることが嫌だとか、
 そういう理由で他人とは他所を向いて生きて来た。
 ところが年々病がちになり、気弱になったのか、
 その生き方が本当に正しかったかどうか、自信がなくなって来た。
 先日、栄養失調と熱中症が原因で救急搬送された。
 基本的に外に出ない生活を送っている私はスマホどころか携帯も持っていない。
 家族がいないので病院から連絡が行くこともない。
 情けないことにテレビのプリペードカードも電話をかける十円玉もなく
 ジュースの一本も買えない病院生活を送った。
 せめて書くことは止めたくないと看護師に書くものと紙を用意して欲しいと頼んだが
 規則なのでそれをも手に入れることが出来なかった。
 
 まるで昔と変わっていないことが情けなく思った。
 この16年間は何だったのだろう?
 いつか誰かがコメントで家主さんに話せば味方になってくれる、とあったが、
 家主は手ぶらで家賃の支払いの催促に病院にまでやって来た。
 世の中はこんなものだと思っていたが、
 さすがにこれには閉口した。
 「貧すれば鈍する」という言葉があるが、
 私は決して僻んでいるわけではない。
 元々、性善説ではなく性悪説の私はそんなものだと思っていた。
 十年近く住んでいるアパートの家主でさえそうなのだ。
 私にはこちらに友達と呼べる人がいない。
 電話をかける相手もいなければ、かかってくる相手もいない。
 だから私が倒れようが死んでしまおうがわからない。
 きっと私が消えてしまっても世の中は淡々と流れて行く。
 何事もなかったかのように日々は続いて行くのだろう。

 決して休みたいとかさぼりたいとか思ったことは一度もない。
 私は時間に貧乏性なので何かしていないと落ち着かないくらいだ。
 けれど不器用なのか馬鹿なのか私はこの世の中が生き難い。
 今更だが、つくづくそう思う。
 人のためによかれとしたことが誤解を生むことも度々あるし、
 見返りを求めてやっているわけでもないが、
 何でこんな風な生き方しかできないのだろうと思うことが多い。
 今から十年以上前に友人に頼まれて金策に走ったことがある。
 友人の兄が海外で仕事がしたいと言い出し、
 LCを組むのにスポンサーを探したのだが、500万は用意するが
 100万は友人に作れと言った。友人の兄は文無しで、
 サラリーマンの友人では作れず私が協力した。
 配当金が入るという話しだったので私も甘言に乗ってしまった。
 結局、友人の兄はすぐに仕事を止めて帰って来たので、
 その損失額は大きく、配当金どころか大きな赤字になり、
 私は友人とそのスポンサーに呼びつけられて怒られる羽目になった。
 最近、その兄さんに会う機会があったので言おうかと思ったが
 私は基本的に目上の人が間違ったことを言ったとしても
 心の中では納得できていなくても面と向かっては言わない。
 それが年上の人に対する礼儀だと思っているからだ。
 しかも人はそれぞれ考え方も違うのだろうし。
 単純な私は単純なまま受け入れて聞き流す。
 このことは先日出した「家族」に一部分だけ書いたのだが、
 やっぱり全部書いてしまわないと気持ちが悪いというか落ち着かない。
 
 私の人生はこんなものなのか?
 書くという大義があっても、日常に振り回されてなかなか目標にたどり着けない。
 友人が亡くなったので書くこともないとは思ったが、
 やっぱり生活が困窮すれば愚痴も言いたくなる。
 それが「貧すれば鈍する」ということなのだろう。
 けれど、友人はあの世に旅立った。
 この世にいない人間に愚痴を零すことも出来ず、
 結局はこうして書くことで私が生きて来た証を書くことにした。

 病院は快適だ。涼しいし、毎食ご飯が食べられる。
 家に帰ればクーラーもなければ、ろくな食事も取れないだろうが
 取り敢えず仕事をしなければフリーランスは体が資本なので
 一日でも早く体を治し仕事を始めなければならない。
 パソコンもないので情けないことに同室のおばさんのスマホを使って書いた。
 私は未だ生きている。
 書きたいことはたくさんあるが、いつか私は生活に押しつぶされて
 書けなくなるかも知れないと不安を感じている。
 別にアーティストとか芸術家が偉いだなんて思ってはいないが、
 普通に生きて行くことの難しさをひしひしと感じている。
 「死んでから耳打ち」という言葉がある。
 人は知り合いが亡くなると「そんなに困ってたら言ってくれればよかったのに」と言う。
 それでは遅いのだ。
 だから私は亡くなった友人に死んでから耳打ちしないように
 自分の仕事が忙しくても締め切りが迫っていても
 出来るだけのことはしたつもりだった。
 なぜなら友達だと思っていたから。

 今となっては向こうもそう思っていたかどうかは疑わしいけれど。

 私は「家族」という作品の中で友人に問いかけた。
 「あんたにとって家族って何やったん?」
 自分が生活苦しくて私ともう一人の友人に困ったと言いながら
 成人して仕事してる息子に小遣いを渡す。
 そんなに家族に対して「ええ格好」しなければならなかったのか?
 そこが私にはわからなかったのだ。
 
 金魚もただ飼い放ち在るだけでは月余を得ず。
 人としての尊厳を奪い去られた時に太宰が書いた文章である。
 私は気持ちが弱ると、この言葉を思い出す。
 
 

 

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2014年7月20日 (日)

閑話休題「華胥の夢(かしょのゆめ)」

 昔、中国の黄帝が昼寝の間に見た夢は理想郷・華胥の国だったという話がある。午睡の間に見る夢は理想の国だ。夢は見ている本人しか見ることができない。理想郷と一口に言っても人はそれぞれだから理想も違えば楽しみも違う。一人だから華胥の国で黄帝は遊ぶことができたのだろう。

 黄帝は15年間、国を治め民から立派な人物と崇め奉られていたが、すべての民が幸せであることはない。病におかされるものもいれば怪我で命を落とすものもいる。若くして亡くなるものもいる。それを黄帝は自分の力不足だと認識し、次の15年間は政治を人任せにしてしまった。黄帝はそれでも万人が幸せな国ではないと思い知り、そのことに心を痛め、疲れきって見た夢が華胥の夢である。

 華胥の国では統治者もいなければ野心や嫉妬に駆られるものもいない。まさに理想郷である。みなが笑って暮らしている。誰にでも優しい国だった。そして、夢から醒めた黄帝は側近に話す。自分は散々悩んできたが、自分の力では自分の理想郷を作ることができない。夢の中にはあっても理想郷造りは難しいものなのだと。しかし、それで悟りをひらいた黄帝の国はそれから28年後には夢に出てきた華胥の国のように平和で諍いのない国になったという話だ。

 閑話休題

 さてブログを書くのは久しぶりだ。書かなかったのはやはり自分にも迷いというか悩みがあったし、忙しかったせいもある。3月に公募に出した原稿は今結果待ちの状態だが、4月、5月は小説を書く時間が持てなかった。リアルな生活が忙しかったからだ。それで6月の最初の週から6月末締切の公募原稿を三作品書き上げた。

 一つ目は「星の舟」これは初めて東北の震災のことを書いた。私の数少ない友達のMさんの息子さんたちのことを思って書いた作品で、全編一人語り、相手はいても相手の返答は書かずに一方的な会話だけで成り立つものを書いた。以前、ブログで関西弁の文章を読みやすいとコメントをもらったので、そうしてみた。小説でこの手法を使ったのはもちろん初の試みだ。実際には東北の地に足を運んだこともない私だが震災で津波で命を落とした方々が舟に乗って星空に向かって行くシーンがどうしても書きたかった。

 二作目は「落日」「落日」と書いて「落ちた日」と読む。平凡な主婦が些細なことがきっかけで奈落の底に落ちて行く。落とし穴は私たちが気がつかないだけで、そこここにぽっかり開いている。けれど最後に主人公はその穴から這い出す。現実はそう甘くはないが、せめて小説の中では悪いことばかりではないと思いたい。

 最後は「15年間」そう私の完全な私小説を書いた。

 全部で原稿用紙400枚近くを一ヶ月足らずで書いたのだが、結構ハードで、終わった途端に凹んでしまった。毎回、郵便局の窓口に持っていくのだが、今回は信頼できる人に持って行ってもらった。

 書き終わるとホッとするよりも呆けたようになる。なんだか寂しいのだ。自分の手元から原稿が離れて行ってしまうことが。

 物書きは厄介な生き物だとつくづく思う。豊かな人間関係を築くことができないのは類まれなる孤独癖のせいだと思うし、自分にとっての正論を吐いては人に嫌われる。そして嫌われてもどうってことないわ・・と思ってしまう。自分の作品だけが正しいのだと思っているからだろう。臨機応変だとか柔軟性だとか私の辞書にはないような気がする。ただひたすらに前に突き進む、そんなやり方で生きているように思う。それで失敗することも多いが、結局は私は私でしかないんだと思うことにしている。

 小説は地味な作業だ。コツコツと少しずつ文章を綴って行く。一文字一文字に思いを込めて原稿用紙の升目を埋めて行く。けれどそこには苦しさはない。それどころか楽しみでさえある。いつも頭の中を次に書こうとするものが占めていて、それが楽しかったりする。昔から「何を考えてるのかわからない」とか「急に舵を切る」とか言われてきたが、多分それは私が小説を書かなければならない、それしか道がない、という悪魔に魅入られてしまったからじゃないだろうか、とさえ思う。

 もちろん私にも焦りはある。以前に書いたが作家の池井戸潤氏は私がココログでブログを書き始めた時には未だ直木賞を取られる前で「純文学・エンタメ」のカテゴリーでブログを書いておられた。この間までドラマで「ルーズヴェルト・ゲーム」が放送されていたが、それを見て私は何をやってるんだろう?と思ったりもした。勝手にライバル視するなんてとんでもなく恥知らずだとは思うが私は未だ狭い世界から抜け出すことができていないのが現状で焦燥感を募らせたりするのだ。人は人、自分は自分と割り切っているはずが、なかなかどうして苦しかったりする。

 それでも私はこれからも書き続けるだろう。私には他に取り柄がないのだし。

 現実社会は華胥の国ではないから、みんながみんな楽しく暮らしているわけでないが、せめて私の作る物語の中だけは人に優しい世界にしたいなどと半世紀以上も生きて来たくせに甘いことを考えている。

 


 

 

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