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2016年11月30日 (水)

短編小説「諍い」6

 自分の思っていたことを吐き出したのでほっとしたのか武夫はカップを洗いながら

 「新しいマグカップ、買わんとあかんな」
 と、言っている。
 私は自分が割ったのに、ちっとも武夫に済まないという気持ちが湧かなくて
 「・う、うん」と曖昧に答えた。

 だいたい4DKの今のマンションは武夫の書斎が必要だから借りることにしたのだし、
 もちろん、それは武夫の印税で賄っているわけだから私には何も言えないし、
 新しく借りる仕事場がどんな場所でどれだけの広さのものかわからんけど、
 その費用も武夫が全部出すんやろうから私はちっとも困らへんのやけど。

 けど、作家が家と別に仕事場借りると自由度が増してしまうんとちゃうやろか?
 文豪・太宰治やって、最後に入水自殺した相手は家で書けんと言うて
 仕事場を借りたら、その相手の人と出会ったって言うし。
 何か知らんけど、私は納得できなくて、
 その夜武夫が話しかけてきてもまったく上の空やった。

 それから一週間ほどして、武夫の書斎にあったパソコンやデスク書類入れが
 引っ越し屋の手によって運び出されて行った。
 徒歩五分の距離にあるILDKの賃貸マンションが武夫の新しい仕事場になった。
 「手伝いに行こうか?」
 って、私は武夫に言うたけど
 「そんなに荷物ないから、ええわ」
 という答えが返って来た。
 別に何か期待してたわけやないけど、私は二人で決めたかった。
 武夫は優しいけど、いつも事後報告や。
 もちろん、仕事場を借りることは私も承諾したわけやし、
 荷物がすっかり片付いた日には私も部屋に行った。
 ほんまに机と椅子と本棚と書類入れ、パソコンしかない部屋で。
 冷蔵庫や洗濯機やテレビは最初から備え付けのものがあって、
 小さなキッチンには一口コンロがあるだけ。
 コーヒーやお茶を飲みたくなったら電気ポットがあるし、
 マンションの下のテナントにはコンビニが入ってるから何の不自由もない。
 
 けど、何で、全部終わってからなん?と私は思ってしまう。
 部屋を決める前とか、引っ越す時とかやなくて
 整ってから部屋に入れてくれる、なんて恋人にする仕打ちなん?
 仕事柄、作家の先生は何人も知ってるけど
 まあ、武夫みたいな人が多い気がする。
 何でも一人で決めて何でも一人で行動する。
 ひどい先生になると奥さんに仕事場の場所を教えてない人もいた。
 それが作家性というもんなんやろか?
 私たち凡人には分からへんけど・・。

 まあ、そんな風に武夫が部屋を借りたことについて忸怩たる思いもあったけど、
 私たちが諍いを起こすことは少なくなった。
 朝、一緒にご飯食べて、昼間はそれぞれの仕事場で過ごす。
 夕飯を一緒に食べた後、夜型の人間やない武夫は
 私と少し喋ったあと、本読んだり映画観たりしてる。

 そんな風にして波風が立たないまま三か月が過ぎた。
 私は納得したような納得してないような不安定な気持ちやったけど
 取り敢えず、何も起きんことはええことやと思うようにしてた。
 けど、その直後に起きた出来事は私の人生を根底からひっくり返すようなことやった。
 今、思ったら、何もないのが幸せやったんかも知れん。
 人は望むと望まないに関わらず大事な人の秘密を知ってしまうことがある。
 そのせいで傷ついたり悩んだり途方にくれたりする。

 私は武夫の秘密を知ってしまったんや。
 武夫がずっと隠してた、そして抱え込んでた秘密を。
                          続く


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 一応、書評みたいなものを私が書いてます。
 良かったら買うときの参考にしていただければ嬉しく存じます。


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