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2016年11月 8日 (火)

短編小説「諍い」

 「もうええわ、好きにして!」

 そう叫ぶように言いながらマンションのドアを思い切り音を立てて閉めた。
 スニーカーをつっかけるようにしてエレベーターに向かう。
 エレベーターの階数表示は一階で、私はイライラとボタンを連打した。

 付き合って五年、同棲を始めてから三年の武夫とこんな風に諍いを起こすのは
 今回が初めてではない。
 「ごめんなさい」そういえば丸く収まることも十分に承知している。
 けど、武夫は私が謝った途端にいつも同じ表情を浮かべるのだ。
 一瞬のことだけど私は見逃さない。
 「ほらな、お前が間違ってるねん、ようわかったか」
 そんな表情を浮かべられたらそこに居たたまれない気持ちになってしまう。

 ようやく五階まで上がって来たエレベーターに乗り込み、ため息をつく。
 そら、悪いのは武夫だけやない、私にやって仰山悪いとこはある。
 今日の諍いやって原因はちゃんとあって、
 私は謝ろうとしたんやけど、いつものあの表情を思い浮かべたら
 カッとなってしまって気がついたらマグカップを投げてた。
 別にお揃いのマグカップが投げたかったわけではなくて
 ただ、手に触るところにあったんがマグカップだっただけや。
 武夫に当てるつもりもなかったけどカップは最初壁に当たって床に落ち、
 木っ端みじんに砕け散った。
 それを見て私は余計に激高してしまったんや。
 「言葉が出て来んようになったらモノに当たる、裕子の悪い癖や」
 そう言いながら武夫がカップの破片を拾っているのを見てたら
 余計に腹が立った。
 武夫はいつも冷静や。私なんかと違って、そう思ったら顔がカッと熱くなって
 決定的なことを口走ってしまった。
 「もう、止めよ。私らは中途半端で、いつまで経ってもこのままや」
 「それってどういう意味や?別れるってことか?」
 武夫はカップから視線を反らして私の顔を見上げた。
 「そうや、喧嘩の原因は些細なことやけど、私たちはもうあかんと思うわ」
 「・・・」
 「根本はそこやないねん、根っこにもっと決定的なことがあると思うわ」
 「それやったら修復したらええやないか」
 「いつも、そうや。何かあったら私が謝って何もかもなかったことにしてきたけど」
 「そやって理不尽なこと言うのは裕子の方やで」
 「わかってるわ。けど、私はもう疲れた、武夫の振りかざす正論はきつ過ぎる」
 「裕子、ちょっと、落ち着け、ちゃんと座って話しよ」
 武夫の手が伸びて来て私の腕に触った途端、悲鳴を上げていた。
 「触らんといて!もう、そんなんで誤魔化されたくないわ!」
 そして私は部屋を飛び出し、あてもなく街をうろついている。

 武夫は小説家。私が知り合った頃は未だ無名やったけど
 去年の初めに新人賞を取ってから売れっ子作家の仲間入りをしそうな勢いや。
 私は大学卒業してからずっと同じ出版社で働いている。
 武夫は定職を持たずにバイトしながら小説を書いてて
 一緒に住むこと考えたんもお互いの家賃を合わせたら
 もっと環境のええとこで暮らせるんやないか・・という考えからやった。
 敷金も礼金も引っ越し費用も私の貯金を崩して一緒に暮らし始めた。
 私は武夫に生活の心配せずに小説を書いてもらいたかった。
 そやから、自分がお金だすのもちっとも惜しくなかった。
 武夫やったら大丈夫や、きっと小説で身を立てられると思った。
 「出版社に勤めてるんやから、それぐらい見抜けるわ」
 武夫がいつか、なかなか目が出えへんことを気にして気弱になってた時に
 私はそう言うたんや。

 それから、あっという間に武夫の本は売れるようになって、
 私たちは最近、新しいマンションに引っ越した。
 今度は武夫が全部出してくれた。

 私は僻んでるんやろか?武夫の才能に。
 いつの日からか、何もかも嫌になってしまった。
 武夫のことも他の人のことも嫌いで
 そんなこと思ってる自分のことがもっと嫌いで、
 それで、諍いが増えた。

 武夫は言葉を扱う仕事してるから語彙が豊富で
 口げんかになったら次から次へと言葉が出て来る。
 その言葉の一つ一つが私に刺さるんや。
 当たってるだけにきつい・・そういうことやろ。

 五年の間には楽しいことも笑い転げたこともいっぱいあったし、
 嫌なことばっかりやなかったけど、
 私は自分の中途半端さが気持ちが悪い。
 「中途半端が嫌やったら籍入れよか?」
 武夫にそう言われたこともあったけど、
 そういう問題やなくて、私の中ではいつも何かが爆発してる気がして
 けど、武夫みたいにうまく言えない私はイライラして、
 今日みたいなことになる。
 マンションを飛び出したところで私には帰る場所なんかどこにもない。
 見慣れた街並みのはずやのに、まるで見知らぬ場所のように感じる。
 「どないしたらええんやろ?」
 つぶやいてみたけど、答えが返ってくるはずもない。

 歩いて歩いて大きな橋の袂に着いた。
 橋の横には河原に降りていける小道があって、
 私はその道を滑り降りるように進んで行った。
 河原には無数の石ころが転がっている、
 その中の一つを手に取って川に向かって投げてみた。
 ちゃぽん・・と音がして石は水の中に吸い込まれていく。

 その時、どこか遠くの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
                                         続く
 
 
 
 

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