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純文学

2016年11月30日 (水)

短編小説「諍い」6

 自分の思っていたことを吐き出したのでほっとしたのか武夫はカップを洗いながら

 「新しいマグカップ、買わんとあかんな」
 と、言っている。
 私は自分が割ったのに、ちっとも武夫に済まないという気持ちが湧かなくて
 「・う、うん」と曖昧に答えた。

 だいたい4DKの今のマンションは武夫の書斎が必要だから借りることにしたのだし、
 もちろん、それは武夫の印税で賄っているわけだから私には何も言えないし、
 新しく借りる仕事場がどんな場所でどれだけの広さのものかわからんけど、
 その費用も武夫が全部出すんやろうから私はちっとも困らへんのやけど。

 けど、作家が家と別に仕事場借りると自由度が増してしまうんとちゃうやろか?
 文豪・太宰治やって、最後に入水自殺した相手は家で書けんと言うて
 仕事場を借りたら、その相手の人と出会ったって言うし。
 何か知らんけど、私は納得できなくて、
 その夜武夫が話しかけてきてもまったく上の空やった。

 それから一週間ほどして、武夫の書斎にあったパソコンやデスク書類入れが
 引っ越し屋の手によって運び出されて行った。
 徒歩五分の距離にあるILDKの賃貸マンションが武夫の新しい仕事場になった。
 「手伝いに行こうか?」
 って、私は武夫に言うたけど
 「そんなに荷物ないから、ええわ」
 という答えが返って来た。
 別に何か期待してたわけやないけど、私は二人で決めたかった。
 武夫は優しいけど、いつも事後報告や。
 もちろん、仕事場を借りることは私も承諾したわけやし、
 荷物がすっかり片付いた日には私も部屋に行った。
 ほんまに机と椅子と本棚と書類入れ、パソコンしかない部屋で。
 冷蔵庫や洗濯機やテレビは最初から備え付けのものがあって、
 小さなキッチンには一口コンロがあるだけ。
 コーヒーやお茶を飲みたくなったら電気ポットがあるし、
 マンションの下のテナントにはコンビニが入ってるから何の不自由もない。
 
 けど、何で、全部終わってからなん?と私は思ってしまう。
 部屋を決める前とか、引っ越す時とかやなくて
 整ってから部屋に入れてくれる、なんて恋人にする仕打ちなん?
 仕事柄、作家の先生は何人も知ってるけど
 まあ、武夫みたいな人が多い気がする。
 何でも一人で決めて何でも一人で行動する。
 ひどい先生になると奥さんに仕事場の場所を教えてない人もいた。
 それが作家性というもんなんやろか?
 私たち凡人には分からへんけど・・。

 まあ、そんな風に武夫が部屋を借りたことについて忸怩たる思いもあったけど、
 私たちが諍いを起こすことは少なくなった。
 朝、一緒にご飯食べて、昼間はそれぞれの仕事場で過ごす。
 夕飯を一緒に食べた後、夜型の人間やない武夫は
 私と少し喋ったあと、本読んだり映画観たりしてる。

 そんな風にして波風が立たないまま三か月が過ぎた。
 私は納得したような納得してないような不安定な気持ちやったけど
 取り敢えず、何も起きんことはええことやと思うようにしてた。
 けど、その直後に起きた出来事は私の人生を根底からひっくり返すようなことやった。
 今、思ったら、何もないのが幸せやったんかも知れん。
 人は望むと望まないに関わらず大事な人の秘密を知ってしまうことがある。
 そのせいで傷ついたり悩んだり途方にくれたりする。

 私は武夫の秘密を知ってしまったんや。
 武夫がずっと隠してた、そして抱え込んでた秘密を。
                          続く


 閑話休題(お知らせ)

 「墨絵日記5」がkindleで販売されるようになりました。
 一応、書評みたいなものを私が書いてます。
 良かったら買うときの参考にしていただければ嬉しく存じます。


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2016年11月28日 (月)

短編小説「諍い」5

 武夫の作る料理はプロ顔負けの味で色彩にも富んでいる。

 未だ小説が今みたいに売れていなかった頃には
 イタリアンレストランでバイトしていたので、得意なのはやっぱりイタリアンやけど。
 「さ、食べよか?」
 「・・うん、それよりさっき言いかけてたこと・・」
 「それは後や、食べる時は食べることに集中せなあかん」
 「・・・」
 武夫はそう言うたけど、言いかけて止められると
 それが気になって食べることに集中出来へん。
 武夫は小説書いてる人間やのに、そういうところがあんまりわかってない気がする。
 前に、私がその話をしたら
 「人はそれぞれやから」で片付けられてしまったけど。

 目の前の料理はイタリアンレストランで出されるみたいに綺麗で
 私はやってないけど、TwitterやFacebookで料理の写真をアップしてる人やったら
 すぐにスマホで写真撮ってしまうやろなあ・・と思う。
 パセリの葉陰に卵の黄身が覗いてる、
 サラダには武夫特製のエメラルドグリーンのドレッシング。
 「いただきます・・」
 そう言いながらフォークを手にしたら
 「はい、どうぞ」と武夫が答える。
 と、ここまではいつもと同じ、美味しい食事は私の心を和ませてくれた。
 結婚には三つの袋が大事です・・って結婚式のスピーチで何度も聞いたけど、
 ほんまやなあ・・と思う。特に胃袋は大事や。
 こうやって食べ物で釣られる自分も単純やけど、
 武夫の作戦はいつも的確やと思う。
 問題は食後のコーヒーを飲んでる時に起こった。
 「あのな、実はさっき言おうとしてたことなんやけど」
 思わず胸がドキンと鳴って私は身構えてしまった。
 「何?」
 決定的なことを言われるような気がして、さっきまで中途半端は嫌やと思ってたのに
 決定的なことを武夫の口から聞くのを怖がってる私がいた。

 「あのな、俺、ここと別に仕事場借りようと思うんや」
 「え?なんで?書斎あるやん?」
 「そうなんやけど、もうちょっと小説書くのに時間的にメリハリつけたいんや」
 「ここやと書かれへんの?」
 「そうやなくて、朝、ここを出て仕事場に行って書いて
 夕方帰ってくる生活がしたいんや」
 「私は昼間仕事で居てへんし、同じやないの?」
 「いや、そうやないけど、前はバイトしながら書いてたやろ?
  その時は早くずっと家で書ける生活したいって思ってたけど
  それなりに人とも関わって、そこからヒント得ることもあった。
  けど、今はずっと家に居て、たまに外で担当さんやら他の先生と会うだけやんか?
  何かで行き詰って書けん時には環境変えたり人と会うのもきっかけになるんや」
 「今。行き詰ってるの?
 「いや、今は違うけど、たまには一行も書けん時もある」
 「ふうん・・」
 「で、ここからそんなに遠くないところに仕事部屋借りよかと思って」

 またや。武夫はもう決めてるのに私が決めたように持って行こうとしてる。
 口調は柔らかいけど有無を言わせへん言い方や。
 私は半分泣きたいような、さっきの怒りが蘇るような気持ちになって
 半ば自棄気味に
 「武夫がそうしたいんやったら。そうしたらええやん」と答えた。

 「そうか、賛成してくれると思ったわ」
 子供のように無邪気に喜ぶ武夫を見て私は複雑な思いで
 つられて笑ってはみたんやけど。
                                         続く
 閑話休題(お知らせ)

 友人の墨絵師の江島恵さんが「墨絵日記3」と「墨絵日記4」を
 電子書籍で販売しています。
 墨絵師の日常、
 ある時は「わー」と叫びたくなる葛藤にもだえ苦しんだり
 ある時は哲学っぽいことをつぶやいてみたり、
 また、ある時は何の脈略もない言葉が頭に浮かんだり、
 彼女の書く墨絵日記を見ると
 芸術家というものはある意味、
 人間である以前にヘンな生き物であるような気がします。
 試し読みも出来ますので、覗いていただければ嬉しく思います。
 
                                         風 みどり
 

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2016年11月24日 (木)

短編小説「諍い」4

 「ただいま」

 と、何事もなかったかのように家に入ると、キッチンの方で物音が聞こえた。
 廊下をそっと歩いてドアを開ける。
 武夫は流しの前にいてニンジンの皮を剝いていた。
 「あ、お帰り」
 武夫もさりげなく私の方をちらりと見てからまた手元のピューラーに目を落とした。
 「何、作ってんの?」
 気軽に声をかけようとしたけど何か喉に引っかかったみたいに出て来んかった。
 「久しぶりに本格的なイタリアン作ってみようかと思うてな」
 武夫が先回りして答えた。

 武夫はこうやって私の怒りを逸らせるのが上手や。
 さっき自分が大声で喚いたことに後ろめたさを感じさせるのも。
 いつだって正しいのは武夫で、間違ってるのは自分の方やという気にさせられる。
 「手伝おっか?」
 「うん。じゃあ、パスタ茹でてくれるか?サラダはもう出来て冷蔵庫の中や」
 「わかった・・」
 そう言いながら流しの方に回ったら
 三角コーナーの中に私の割ったマグカップが入っていた。
 「ごめん」
 大き目の寸胴鍋に水を入れながら武夫の方を見ずに言う。
 「うん?何が?」
 武夫はとぼけることにしたらしい。こういう風になかったことにできる人なんや。。
 そう思ったらなぜか涙が零れて来た。
 武夫に見られないように俯いたけど
 涙は自分が思ってた以上に大量でポタポタ落ちた。
 「どうしたん?」
 「どうもせえへん」
 「そうか・・」
 「うん」
 武夫は私に追求しない。
 なんで泣いてるのかも、私がどんなこと考えてるかも。
 けれど追及されないということは無関心ってことなんと違うやろか?
 と私は時々、思ってしまうんや。
 あんまり何もかも問いただされるのは嫌やけど、無関心はもっと嫌な気がする。
 好きの反対は嫌いやなくて無関心や。その言葉を私はいつも飲み込んでる。
 口に出した途端に自分が住んでるこの部屋が、
 前よりも快適なこの住処が音もなく崩れていくような気がして口に出されへん。
 「もう、お湯湧いたんと違う?」
 武夫の声で我に返り、急いでパスタを入れる。
 「あのな、裕子、ご飯食べたらちょっと話あるねん」
 武夫が突然そう言うたから私は悪い予感がした。
 ええ予感は当たれへんのに悪い予感が当たる気がするのは私の思い過ごしやろか?
                                          続く

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2016年11月23日 (水)

閑話休題「電子書籍・墨絵日記」

 友人であり、芸術家仲間である墨絵師江島恵さんが

 「墨絵日記2」を電子書籍で販売する運びとなりました。

 墨絵師の日常を面白おかしく、または時には「わー」となる葛藤や 

 いろんな思いを詰め込んだ画集になっています。

 kindle版はこちらから。

 https://magnet.vc/v/kpjw7vgo  ←マグネット版はこちらから

 同じようなモノを創る芸術家が仲間にいると

 私も頑張らないとあかんな~~長いことkindleで出してないし・・

 としみじみ思うのでした。

 切磋琢磨・・とはこういうことを言うんでしょうか?

 「墨絵日記2」ご購読よろしくお願いいたします。


 

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2016年11月22日 (火)

短編小説「諍い」3

 武夫は冷静な人なんやと思う。

 元々、性差があるから女は論理的な思考が苦手や。そのくせ現実的なんは女の方やと思う。これは仕方がないことなんかも知れんけど、あまりにも相手がきちんとし過ぎてたら余計にかっか来てしまうのも仕方がないと思う。

 いつやったか、夕ご飯食べてる時に、何の拍子か知らん、スープの話になった。私はポタージュスープが好きで、武夫はコンソメスープが好き・・そんな他愛もない話してる時はよかったんやけど、ふと何かの本で読んだ「冷めるのは愛情とスープ」っていうフレーズが頭に浮かんでそれを口にしたら、武夫は真面目な顔で
 「そやけど、冷めたら、また温めたらええやん!」と、答えた。
 この人はそういう人なんやなあ、ってつくづく思った。何回でもやり直したらええ、そう考える人なんやな・・って思った。私みたいに100か0やなくて、一回躓いたら、もうええわ、って放り出してしまう人間とは違うんやな・・って。
 普段の武夫は無口で何考えてるかわからんとこあるけれど、心の穏やかな人。それに対して私は毎日のように感情を露わにしてしまってる。会社で気を遣ってる分、どうしても武夫に甘えてしまうんや。
 大学卒業して入社した時に先輩が
 「OLっていうのは編集の仕事するだけで長続きするもんやないんやで。誰とでも仲良くするのも仕事のうちや。ここにいる社員、十人十色、いろんな人がいてる。顔かたちが違うように生まれ育った環境も考え方もみんな違う。一日9時間も10時間も一緒にいることになるんや。大変やけど、頑張ろうなあ・・」
 それが先輩の今日子さんやった。
 ほんまにその通りや。人は生まれてくるときに親を選ばれへんように勤めたらそこの会社の人間関係も選ばれへん。苦手な上司や、意地悪な先輩やムカつく同僚なんかは会社についてくるもんやから選ぶことは出来ん。腹が立っても我慢しないとあかんこともあるし、自分の意見が正しいと思っていても引っ込めないとあかんこともある。先輩やった今日子さんは今は私の直属の上司になってるから気持ちは楽やけど、前の上司とはあんまりうまく関係は築けてなかった気がする。
 前の上司の頃は、未だ武夫もちゃんとした小説家として認められてなかった時やったから私は今よりも大変やったはずやのに、あの頃の方がずっと武夫に対して優しく出来ていた気がする。不思議や。会社で嫌なことがあっても帰って武夫の顔を見たら疲れが吹っ飛んでた。私の話を聞くだけで何かアドヴァイスするみたいなことは武夫はせえへんけど、心が落ち着いていた。
 最近、武夫は私の勤めてる会社やなくて他の出版社の依頼で長編小説を書いてる。書き上がるまで私にもその中身は教えてくれへんけど、帰って武夫の顔見ただけで、今日は筆が進んだな、とか、行き詰まってるな、とかはわかるようになった。
 私は自分でも気が付かんうちに武夫の顔色見るようになった。そして、そんな自分のことが嫌いやと思ってる。

 寒くなって来て、河川敷から街の方に歩き出す。自分の感情が抑えられんようになって飛び出して来たからバッグは持ってきたもののスマホを忘れて来てた。
 今は何時やろ?そう思いながら街を歩く。
 街には大勢の人が出ていて、忙しそうに足早に歩く中年男性もいれば、何事か笑いあいながら歩いてる女子高校生もいる。ハイヒールをカツカツ音を立ててあるく姿勢のいい女性もいれば、スーパーのレジ袋を両手に提げてそろそろ歩いているおばあちゃんもいる。この人たちは家に帰る途中なんやろな、そう思いながらふと空を見上げたら綺麗な三日月が浮かんでた。
 帰ろ、早く帰ろ。心の中でつぶやきながら私は元気よく歩き始めた。
                                             続く

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2016年11月17日 (木)

閑話休題「Facebook始めました」

 どうしようかと迷ってたけど「facebook」始めました。

 始めました・・なんて「冷やし中華始めました」みたいやん!
 と、自分で突っ込みを入れつつ。

 ブログの左側に「facebook」をリンクしてあるのでどうぞよろしく。
 顔写真は未だやし、一応、書斎の写真をアップしただけで
 後は本の宣伝。
 ぼちぼち、Facebookの方にも投稿していこうと思ってます。

 いや~、Facebookに登録したらすぐに
 「友達を探そう」って出て来てびっくりしました。
 こんな風になってるんやな・・と。
 
 前に「はがない」(僕は友達が少ない)って言葉が流行ったけど
 私は少ないどころか、友達いない、に等しいって
 改めて思ったわ。
 そんな人付き合いのわるい、小難しい私とメールのやり取りしてくれる
 何人かの貴重なメル友に感謝やわ~。
 そういうわけで、よろしくお願いします。

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2016年11月 9日 (水)

短編小説「諍い」2

 誰かが私の名前を呼んだ気がして振り返ったけれど

 そこには誰の姿もなく、伸び放題に伸びた叢があるだけだった。
 もしかしたら武夫が呼びに来てくれたんやないか・・という
 淡い期待を打ち砕かれて私はまた川に小石を投げ込んだ。
 小石はまたもや音もなく水の中に沈んでいく。

 武夫はこの川みたいな人や。
 私がいくら感情的になっても冷静沈着で私の怒りはその中に音もなく沈んでいく。
 相手も同じように感情的になってくれたら
 こんな中途半端な気持ちでいることはないんやないか、そう思った。
 前みたいに私の稼ぎで生活しているわけやないし、
 責任感の強い武夫のことやからちゃんと結婚しようと言うてもくれる。
 けど、それって愛情なん?ただの責任感からくる結婚なんやないん?
 私はそこに引っかかっているんやな・・と唐突に気がつく。

 別に高級レストランで指輪差し出されてプロポーズされたいわけやない。
 今流行りのフラッシュモブを使ったプロポーズなんか真っ平ごめんや。
 一回だけ、そのサプライズしてるとこに行ったことあるけど、
 なんか、こっちの方が恥ずかしくなってしまった。
 プロポーズされてる女の子を見たら感動してると言うよりもしらけた顔してたし。
 頼んだ男の方は女の子が喜ぶと思ってしたサプライズなんやろうけど
 きっと、あの女の子も私と同じようにそんなもんを望む子やなかったんやろ。
 やっぱり相手のことちゃんと知ってるようでもわからんことは仰山ある。
 五年付き合っても私には武夫のこと全部知ってるわけでも理解してるわけでもない。
 ただ、知りたいと思うし理解したいとはずっと思てるけど。
 何せ、小説家やから私みたいなOLとは考えが違うような気がする。

 今日みたいに私が一方的に悪態ついた時でも
 武夫は私が謝らんかってもきっと何もなかったふりが出来る人なんやと思う。
 そやから怒ってるのはいつも私の方で
 癇癪起こして突っかかって行くのも私ばっかりや。
 相手に非がないのに怒ってる私はアホみたいに思える。
 相手に非があったら、そこを突いて行ったらええけど
 ない場合はどうしたらええんや。喧嘩にもなれへん。
 結局、私ばっかりがアホみたいに騒いでる。

 そのことを前に会社の先輩の今日子さんに言うてみたら
 「あのな、経年劣化・・って言葉があるやろ?」
 「経年劣化?あの建物や機械や時間たったら劣化していく?」
 「うん、そう、その経年劣化や」
 「それが?」
 「人間関係もそうなんちゃうかなあ・・って私は思うねん」
 「.・・・・・」
 「時間が経って人との付き合いに慣れっこになってくると最初の気持ちは劣化していく」
 「ああ、なるほど・・」
 「そやから最初に感じた武夫さんに対する思いなんかは変わって行っても当たり前や」
 「うん。そうですね」
 「時間が経つと劣化はしていくけど、その分愛着も湧いてくる」
 「うん」
 「愛着が湧くから手放したくなくなる。けど人の気持ちは変わっていく」
 「そうですね。先輩の言う通りやわ」
 「けど相手の気持ちを都合よく変えるんはすごく難しい。
  自分を変える方が楽やで、ずっと」
 「わかります。自分でもようわからんけど、ずっとイラついてて・・」
 「それは、裕子ちゃんが武夫さんのこと未だ好きやって証拠やで」
 「そうでしょうか?」
 「そらそうやろ、そんなに感情的になるほど私は人を好きになったことないわ」
 
 今日子先輩の話を聞いた時に何となく納得はしたんやけど
 私は武夫に執着してるんやろか?
 自分の都合に合わせて武夫の気持ちを変えようとしてたんやろか?

 とにかく、私は最近自分の中途半端な気持ちに苛立って
 もう、いやや!こんなええ加減な気持ちでいるくらいやったら
 武夫と別れた方が楽になるんやないやろか・・って思っては
 ますます気持ちがささくれていってる。
 別れよう、もう別々に暮らそう・・と言うたら
 武夫は簡単に頷くかも知れんし、引き留めてくれるかも知れん。
 けれど、いつやってそうやったんやと私は気が付く
 決めるのはいつも私で、武夫は「うん、ええよ、裕子の好きにしたらええわ」
 そう言うだけやった。
 そんなん、ずるいわ。うまいこと行ったときはええけど
 失敗したら全部、私のせいになる。
 武夫は優しくて、そしてちょっとだけずるい。
 河原にあった流木に腰かけて私は長いことそんなことを考えていた。
 今年は秋がなくて夏から急に冬が来たけど
 十一月の初めやというのに川から吹いてくる風は真冬のように冷たい。
 日が少し傾きかけていて、どこかでカラスの鳴き声がする。
 「かあ、かあ」という声に何か馬鹿にされたような気がして
 私はようやく立ち上がった。
                                            続く
 
 

 

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2016年11月 8日 (火)

短編小説「諍い」

 「もうええわ、好きにして!」

 そう叫ぶように言いながらマンションのドアを思い切り音を立てて閉めた。
 スニーカーをつっかけるようにしてエレベーターに向かう。
 エレベーターの階数表示は一階で、私はイライラとボタンを連打した。

 付き合って五年、同棲を始めてから三年の武夫とこんな風に諍いを起こすのは
 今回が初めてではない。
 「ごめんなさい」そういえば丸く収まることも十分に承知している。
 けど、武夫は私が謝った途端にいつも同じ表情を浮かべるのだ。
 一瞬のことだけど私は見逃さない。
 「ほらな、お前が間違ってるねん、ようわかったか」
 そんな表情を浮かべられたらそこに居たたまれない気持ちになってしまう。

 ようやく五階まで上がって来たエレベーターに乗り込み、ため息をつく。
 そら、悪いのは武夫だけやない、私にやって仰山悪いとこはある。
 今日の諍いやって原因はちゃんとあって、
 私は謝ろうとしたんやけど、いつものあの表情を思い浮かべたら
 カッとなってしまって気がついたらマグカップを投げてた。
 別にお揃いのマグカップが投げたかったわけではなくて
 ただ、手に触るところにあったんがマグカップだっただけや。
 武夫に当てるつもりもなかったけどカップは最初壁に当たって床に落ち、
 木っ端みじんに砕け散った。
 それを見て私は余計に激高してしまったんや。
 「言葉が出て来んようになったらモノに当たる、裕子の悪い癖や」
 そう言いながら武夫がカップの破片を拾っているのを見てたら
 余計に腹が立った。
 武夫はいつも冷静や。私なんかと違って、そう思ったら顔がカッと熱くなって
 決定的なことを口走ってしまった。
 「もう、止めよ。私らは中途半端で、いつまで経ってもこのままや」
 「それってどういう意味や?別れるってことか?」
 武夫はカップから視線を反らして私の顔を見上げた。
 「そうや、喧嘩の原因は些細なことやけど、私たちはもうあかんと思うわ」
 「・・・」
 「根本はそこやないねん、根っこにもっと決定的なことがあると思うわ」
 「それやったら修復したらええやないか」
 「いつも、そうや。何かあったら私が謝って何もかもなかったことにしてきたけど」
 「そやって理不尽なこと言うのは裕子の方やで」
 「わかってるわ。けど、私はもう疲れた、武夫の振りかざす正論はきつ過ぎる」
 「裕子、ちょっと、落ち着け、ちゃんと座って話しよ」
 武夫の手が伸びて来て私の腕に触った途端、悲鳴を上げていた。
 「触らんといて!もう、そんなんで誤魔化されたくないわ!」
 そして私は部屋を飛び出し、あてもなく街をうろついている。

 武夫は小説家。私が知り合った頃は未だ無名やったけど
 去年の初めに新人賞を取ってから売れっ子作家の仲間入りをしそうな勢いや。
 私は大学卒業してからずっと同じ出版社で働いている。
 武夫は定職を持たずにバイトしながら小説を書いてて
 一緒に住むこと考えたんもお互いの家賃を合わせたら
 もっと環境のええとこで暮らせるんやないか・・という考えからやった。
 敷金も礼金も引っ越し費用も私の貯金を崩して一緒に暮らし始めた。
 私は武夫に生活の心配せずに小説を書いてもらいたかった。
 そやから、自分がお金だすのもちっとも惜しくなかった。
 武夫やったら大丈夫や、きっと小説で身を立てられると思った。
 「出版社に勤めてるんやから、それぐらい見抜けるわ」
 武夫がいつか、なかなか目が出えへんことを気にして気弱になってた時に
 私はそう言うたんや。

 それから、あっという間に武夫の本は売れるようになって、
 私たちは最近、新しいマンションに引っ越した。
 今度は武夫が全部出してくれた。

 私は僻んでるんやろか?武夫の才能に。
 いつの日からか、何もかも嫌になってしまった。
 武夫のことも他の人のことも嫌いで
 そんなこと思ってる自分のことがもっと嫌いで、
 それで、諍いが増えた。

 武夫は言葉を扱う仕事してるから語彙が豊富で
 口げんかになったら次から次へと言葉が出て来る。
 その言葉の一つ一つが私に刺さるんや。
 当たってるだけにきつい・・そういうことやろ。

 五年の間には楽しいことも笑い転げたこともいっぱいあったし、
 嫌なことばっかりやなかったけど、
 私は自分の中途半端さが気持ちが悪い。
 「中途半端が嫌やったら籍入れよか?」
 武夫にそう言われたこともあったけど、
 そういう問題やなくて、私の中ではいつも何かが爆発してる気がして
 けど、武夫みたいにうまく言えない私はイライラして、
 今日みたいなことになる。
 マンションを飛び出したところで私には帰る場所なんかどこにもない。
 見慣れた街並みのはずやのに、まるで見知らぬ場所のように感じる。
 「どないしたらええんやろ?」
 つぶやいてみたけど、答えが返ってくるはずもない。

 歩いて歩いて大きな橋の袂に着いた。
 橋の横には河原に降りていける小道があって、
 私はその道を滑り降りるように進んで行った。
 河原には無数の石ころが転がっている、
 その中の一つを手に取って川に向かって投げてみた。
 ちゃぽん・・と音がして石は水の中に吸い込まれていく。

 その時、どこか遠くの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
                                         続く
 
 
 
 

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2016年11月 6日 (日)

超短編小説「小説家」

 夫とは二人暮らしで最近引っ越しをした。

 中学生の頃から通っていたラーメン屋のすぐ傍である。
 元々商家だった古民家を改装したのだろう、
 玄関がやたらと広く、廊下の奥には階段、その手前にドアがある。
 ドアを開ければそこはマンションの内装と変わらない近代的なもので、
 家の外装と内装では大きな差がある。
 引っ越したその日には、友人とその友人が遊びに来た。
 友人の友人は若い頃バンドを組んでいてギタリストだったそうだ。
 友人は相も変わらず冗談ばっかり言って私たちを笑わせていた。
 そこに自然食品を取り扱ってる店を経営している新しい大家さんが訪ねて来て
 またも我が家は笑いに包まれる。
 夫に目配せされて廊下に出ると夫は封筒を差し出す。
 「これ、引っ越しで金かかったから、俺のへそくり」と言う。
 「ありがとう、でも大丈夫よ」と私は答えた。

 そこで目が覚めた。
 夢なので普段の私の生活とはまったく違う。
 結婚生活を送っていた期間よりも一人になってからの方が長くなった。
 私たちが一緒に暮らしていた頃は家に誰かを招いたこともない。
 二人とも友達と呼べる人がほとんどいなかったのだ。
 夢に出て来た友人はもう亡くなっているし、
 元夫は一切生活費を入れてくれない人だったので
 封筒に入った現金を渡されたことなど一度もない。

 けれど、夢から覚めて思ったことは、「ネタにしよう」だった。
 普段の私はストーリー性のある夢はほとんど見ない。
 昼間、物語ばかり考えているせいだろうか?
 小説家なんて厄介な生き物だ。
 男とか女とか、いや人でさえないかもしれない。
 ただ「小説家」というヘンな生き物であるような気がする。

 昔はこれではいけない・・と思った時期もあったけれど
 今更、性格を変えるのも大変だろうし、以前、変えると苦しいことを学習したので
 このままでいっか・・と思っている。
 

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2016年10月31日 (月)

超短編小説「陽だまり」

 その絵を見た瞬間、私は思わず懐かしいと思った。

 「放課後」と名付けられたその絵には女子高校生が描かれていた。

 

 澄んだ眼差し、ふっくらとした頬、肩まであるさらさらした黒髪、
 昔、私がなりたくてもなれなかった女の子そのものだった。

 女の子は今にも微笑みそうだ。
 白と黒の絵の世界にいるのに、
 私にはその薄いピンク色のリップクリームを塗った唇も
 着ている制服の色もくっきりと思い浮かべることが出来た。

 その女子高校生にはきっと羽が生えている。
 私たちがとうに失くしてしまった羽。
 どこにでも飛んでいける、そしてどこにでも舞い降りることのできる羽。

 陽だまりの中で微笑む彼女は色彩を持って私の瞳を覗き込んでいる。

 「その羽を大事にしてね」
 そっと心の中で私は彼女に話しかける。
 「純粋な気持ちをいつまでも忘れないでね」
 「瞳の輝きを忘れないでね」
 「いつまでも、素直な心を持っていてね」
 「なぜなら、あなたは私がなりたくても決してなれなかった理想の女の子なのだから」



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